技能は身についた?
見識は広まった?
誰かを育てた?
―誇れるものは増えた?
Guns,Mac,iPhone,iPod,Business,Twitter log,etc
技能は身についた?
見識は広まった?
誰かを育てた?
―誇れるものは増えた?
無力で哀れで今にも死にそうなやつ。
という昔のイメージを脳内アップデートしてくれない人とは、自然と距離が離れていく。
最近知り合った方々は最近の自分しかご存知ないので、時間経過によるイメージの変化って少ないと思うんですが、どうやら10年以上の付き合いになるとそうでもない人も出てくるみたいです。
10年以上といっても、毎日顔を合わせているわけでもなかったりするので、数年分の変化を一気に目の当たりにすることになったりするわけですが、どうやらそのギャップを吸収しきれないこともあるみたいです。あるいは最初から認識がズレているだけかもしれませんが。
「お前はこういうふうに考える人間」「お前は誰々よりは凄いが誰々よりは劣る」「お前にあれはできるけどこれはできない」
ああ、もしかしたら。知り合ってから経過した時間の多寡ってあんまり関係ないかもしれませんね。
「お前はそういうやつじゃなかった」
該当コミュニティ内での「位置関係」すら「指定席」。
それで付き合いが終わってしまったとしても、それはそれで仕方ないですよね。変化を否定されるということは成長を否定されることですから。
悲しくないかというと、それはまた別ですが。
年も開けて心機一転ということで、拡充のための新陳代謝ということも頭に入れていきたいです。
1年を思い出してみても、失敗は見当たらなかった。
傍目には失敗かもしれないけど、自分にとってはテストかプロセスだから。
自分の言葉で話せない人って無様だと思う。
もっと言うと、他人の言葉を得意満面に語る人って無様だと思う。
水は方円の器に従うといえど、あなたが水である必要はない。
水は低きに流れるといえど、あなたが水である必要はない。
うちは諸事情で家族全員がバラバラに暮らしているので、実家と親父の棲家が別です。苗字は一緒ですが。
まあ両親ともよく飲みますね。
安酒食らって頭痛いです(^q^)
今年の忘年会はこれ1件。業界団体のは行きたかったんですが、タイミング最悪で行けませんでした。
会社のは無意味だし楽しくないなので行かない。
最近、ノートをよく書くようになって、結果的にライフログ的になってきました。
1週間単位くらいで見直すと、自分の波長がわかって良いですね。
虚ろな目
渇いた肌
覚つかない足取り
萎んだ
哀れな老人
これは便利かも。
簡単ですた。
使い道を考えよう。
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